西村晃一副会長より情報をいただきました。(在仙福島県人会・福島県政150周年)

西村晃一副会長より情報をいただきました。


『在仙福島県人会 今年度の総会・懇親会』

今年は、11月8日(日)午後2時半からDUCCA仙台駅前店で開催されます。懇親会費は5千円、県人会費千円の合計6千円です。
特に今年訴えたいのは、役員改選の年となっており、我がみやぎ梅苑会副会長、東北経済連合会長である樋口康二郎氏が新会長に選任される予定です。是非ともみやぎ梅苑会の皆さまもご出席頂き、樋口会長選出に御協力頂ければ、幸いです。在仙福島県人会に福高旋風を湧き起こしましょう!
申し込みは、私あてメール下さい。(ko-246@white.plala.or.jp)


『福島県政150周年記何式典に出席してきました』 

福島県政150周年記念資料展

福島県政150周年記念式典が8月21日(金)にとうほう・みんなの文化センター(福島県文化センター)で開催され、在仙福島県人会に対して福島県からご招待を頂き、渡辺会長とともに出席した。
福島県は、明治9年(1876)に、福島県、若松県、磐前県が合併し、福島県(第3次)が成立したが、県庁が北に位置していて県民が余りにも不便であるとして明治16年(1883)には、安積郡郡山町へ県庁を移転すべきであるという運動がおこり、明治18年(1885)には福島県議会で議決までされたものの中央政府から却下された経緯がある。
このこともあり、平安時代から会津との結びつきが強く、藩政時代にも会津藩領であった東蒲原郡が明治19年(1886)新潟県に移管され、現在の福島県の県域が確定した。
今年が150周年というのは、明治9年の第三次福島県の成立をもって節目の年としているが、個人的には、東蒲原郡が新潟県に移管されたことをもって、現在の福島県域が確定されたのであって、10年後に祝うべきものであると考える。
東蒲原郡が新潟県に移管されたことで、全国的にも珍しい福島、新潟、山形3県の県境が細長く7キロ以上にも亘って飯豊山頂の飯豊山神社まで続いているのはご存じであろうか?
移管当時は、山頂の飯豊山神社奥宮も新潟県とされたが、麓の耶麻郡一ノ木村(現喜多方市)が反発し、飯豊山神社は、奥宮と麓宮で一宮であると主張し、明治40年(1907)参道7.5キロは福島県とするという内務省裁定により決定されたものである。
仮に郡山に県庁が移転されていれば、東蒲原郡は、今でも福島県のままで、このような争いや細長い県境は生まれなかったはずである。そうなっていれば、福島市はもっと小規模の都市となり、郡山市は、現在よりも更に発展した都市となったであろうか?
因みに、宮城県は、明治5年(1872)の仙台藩を中心とする仙台県から宮城県に改称させられた年を設立年として、既に令和4年(2022)に県制150周年記念式典を実施した。
しかしながら、宮城県の県域が確定したのは、明治9年の福島県の合併の際に亘理郡、刈田郡、伊具郡が磐前県から、本吉郡、登米郡、栗原郡、玉造郡が磐井県から宮城県に移管され、県域が確定されたのであり、明治5年の時点の宮城県域は、仙台区、柴田郡、名取郡、宮城郡、黒川郡、加美郡、志田郡、遠田郡、桃生郡、牡鹿郡という今の宮城県にしてみれば、本当に狭い領域であったのである。